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イエスの説いたことは、キリスト教による編纂がなければ
仏陀とほぼ同じことを言っていたといわれる。

インドのヴェーダの歴史の中では、
イエスはインドで仏陀の教えを学んでいたという痕跡が残されているという。

さらにその仏陀を遡ると、やがて老子の教えに到達するのではともいわれる。

それは仏教の究極の奥義は『足るを知る』に行きついてしまうからである。

老子の思想の基幹には『無為自然』というものがあり、
これが「あるがまま」という着想の意識革命を起こし、
その究極を『足るを知る』という生き方に要約することができるだろう。

苦しみや悲しみ、時には喜びという陰陽移り変わるあらゆる諸行無常の状況の
すべてを受け入れ逆らわず流れのままに生きれる「いまを生きる」という覚醒ができれば、
いまこの瞬間に不平不満を持たず感謝に満たされた状態になれるというのが
「足るを知る」で生きるということで、すなわち「悟り」として捉えることができる。



いやいや、失礼m(_ _)m

まじなお話、各人の生存予測年代からしてもこれは筋が通るだろう。

イエスが2,000年前、仏陀は約2,500年前、老子はそのちょっと前の人と推測される。


難しい学説や歴史的史実はちょっと横に置いといて、
インスピレーションで捉えるならば
新約聖書のイエス空白の年代は、実はインドに渡って
仏陀の教えを学んでいたと考えるのが一番わかりやすいような氣がする。

イエス生存の当時はすでに仏陀は偉大なる聖者として
彼の耳にもその教えは届いていたと推測される。

ならば、その悟り、ニルヴァーナの境地とやらを
学んでやろうじゃないかと渡印していたとしても不思議はない。
イエスの教えと仏陀の教えがあまりにも似通っているのは
そうした経緯があるからではないだろうか。

え~?似てないよっていうのは
キリスト教的発想でみるからであり
宗教教団のため教会存続のために相当量の教えが改ざんされたとみれる。
おそらくバチカンの地下には、うなる金銀財宝とともに
原初のイエスの言葉が綴られた多くの文献や証拠が眠っているに違いない。

いつか、それらが陽の目を見ることができる時がくることを望む。
ひょっとして、それこそが、天照が天岩戸から出るという
神道神話の預言なのではないかと妄想を広げてみたりもするのだけれど、
どうでしょう?

その根拠は?
あるにあるが、今は取りあえず霊的直感だと言っておきましょう。


仏陀、ゴータマシッタルダもやはり、覚者を目指し修行した
大天才であるわけだから当然、様々な教義や宗教を徹底研究したに違いない。
彼は幼少の頃からヴェーダの教えの中で育っていて、
Yogaも当然学び、禅定(ディアーナ)の瞑想も会得している。
その上で、それだけでは苦しむ衆生を救えないと
さらに学び続けた到達点が、おそらく老子であったのではないだろうか。

ヴェーダの技法により覚醒し、霊的な大悟を果たすが、
それだけでは日々、普通の人が生きていくための助けにならないじゃないかと
思ったのではないだろうか。

すべての人が出家し僧侶となれるわけがなく、日常の生活の中で
マーヤという幻想から目覚めて生きていくための智慧を模索した結果、
老子の無為自然の生き方、そして「足るを知る」感性に到達できれば
大悟への修行をせずとも、生きながらにそれと同じ境地に
行き着けるのではないかと悟ったのではないか。

遥か2,500年以上の時空を遡り妄想するならば
そういうことがあったって不思議じゃないような氣がする。

空海が天竺(インド)に行っていたらいまの密教があったかわからないが
中国で学べたのは、一旦中国に渡り儒教や老子の文化のある風土の中で
もまれた仏教であって原始仏教ではない。
天才空海はそこのところを十分見抜いていたので、仏教そのものではなく、
仏陀がそこに到達した修行や学びは何であったかを知っていたのであろう。

ヴェーダ聖典が仏陀のなかに色濃く残っているので
根本はじゃあ、ヴェーダを持ち帰ればいいのじゃないかと。

それが密教である。
真言密教が日本の他の仏教の中で異質であり
ヴェーダの五元素などに酷似しているのはそういう理由であると思う。

空海は仏陀が学んだその先のものを探求し、
他宗は仏陀が説いたそのものを掘り下げている。
そう考えるとわかりやすいかもしれない。

そして極めつけは老子である。
老子という大聖人は何を学んで「足るを知る」に到達したのであろうか?

1d4aea78.jpeg




















想いを馳せれば、ヴェーダに行き着く。
ヴェーダは15,000年前から神の言葉がインスピレーションで降ろされている
口伝の奥義である。

サンスクリット語から発せられる人間の理解不能な言語が
代々の聖者や覚者によって訳され伝承されてきたと言われる。
発祥は?根拠は?と訪ねられても、
きっと誰もわからないと思われる。
なぜなら、発祥は神であり、起源も神であるからだ。
その真理を知るには内なる神、内在神と迎合する梵我一如、
真我の顕現を果たさなければ分からないかもしれない。

それも頭(思考)というマインドではなく
Yoga(つながる)という体感で会得するのだろう。

さて、これらは妄想か真実か?
みなさんも、いにしえの聖者たちにちょっぴり想いを馳せてみてください。


 

 

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シャクティは光のヒーリング。それは太古のインドより幾千万年の時を駆けて受け継がれるヴェーダの叡智の一端。仏陀やジーザス、空海というヴェーダマスターたちが説く真理をいまに蘇らせるため「いまここに」。光絶やさぬよう仲間が集う学びの惑星に、シンクロしましょうか。
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