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これはボイジャー1号が撮影した写真です。
太陽系をまさに離れようとするボイジャーが
後ろ髪を引かれるようにふと振り向いて母なる地球を
パチリと記念に撮った・・・、そんな印象の写真です。

どんな風に感じられますか?

実はこれ凄い写真なんですね。
神が写っているんです。

 

この小さな点が私たちの住むガイア、碧き地球です。
漆黒の宇宙にたったひとつぽつんと漂う点。
これが我々の生きている星なのです。

そんな誰も氣づかぬような微細な点なのに
正確無比にピンスポットで照らしている太陽光線が
はっきりと捉えられているのです。
決定的な瞬間でした。これを見た天文学者たちは
きっと言葉を失ったのではと感じます。

この写真を初めて見たとき
宇宙においてなんと地球のちっぽけなことかということと同時に
ちゃんと見守られているのだなぁと、鳥肌立ちました。

宇宙はこの私たちの生命と存在をほったらかしてなんかいない。
こうしてずっと見守り続けているんだという確固たる
神の存在を証明する貴重な一枚だったのです。

すべては生かされているのです。
なにか理由があるにせよ、こうしてはっきりと
生かされている証拠を突きつけられると、
宇宙の神秘に畏敬の念と感謝する以外に返す想いがありません。

 

eeb65ebe.jpeg














この写真を撮影するきっかけになったのが
大好きな映画「コンタクト」でも話題になった
天文学者のカール・セーガンの声かけによるものです。

これを紹介した映像があります。カール・セーガンの肉声入り。

アップしてくださったオールドボーイさん(We are all one) 


いつも素晴しい情報提供ありがとうございます。(^人^)感謝♪

そして動画作成してくださった
yusukeshinyamaさんに深く感謝いたしますO(-人-)O




カール・セーガン (1938~1996) 天文学者。
アメリカ生まれ。NASAの惑星探査計画にたずさわったほか、
地球外知性探査計画(SETI)の推進や一般向けの啓蒙書などで知られる。

1990年、セーガンは当時、太陽系を離れつつあったボイジャー1号に、
地球をふくむ太陽系の惑星すべての写真を撮らせることを提案した。
のちに "Pale Blue Dot" と呼ばれることになるこの写真では、
地球はひとつの点にしか見えず、画質も悪いものだったが、
天文学上もっとも重要な10大写真のひとつに選ばれることになる。

 

 

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拍手[8回]

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昔、羊をたくさんかっているとても裕福な魔術師がいた。
ところがこの魔術師はひどいけちでもあった。

羊飼いを雇いたくなかったし、羊が草を食んでいる牧場のまわりを
柵で囲いたくも無かった。

そのために森の中に迷い込んだり、谷に落ちたり、
色々なことをする羊がよくいた。
とりわけ逃げ出すものが多かった。

魔術師が彼らの肉や皮を欲しがっていることを知っていたからだ。
羊たちはそれが嫌だった。

ついに魔術師は解決策を見つけだした。
彼は羊に催眠術をかけ、先ず「お前たちは不死だから、
皮を剥がれても何の害にもならない。それどころか、それは
非常にお前たちの為になるし、むしろ気持ちがいいくらいだ」
という暗示をかけた。

続いて魔術師は、「私は群れを深く愛する”善き主人”だから、
お前たちの為なら何でもする用意がある」
という第二の暗示をかけた。

更に彼は、「万が一何かが起ることになっているのだとしても、
とりあえず今日、たった今起るわけではないのだから、
そんなことを考える必要はない」と第三の暗示をかけた。

さらに又魔術師は、
「おまえたちはまったく羊ではない」と暗示をかけ、
何匹かの羊には「おまえたちは人間だ」、
また別の羊には「おまえたちは魔術師だ」と暗示をかけた。

それ以来、彼は羊の世話や気苦労からすっかり開放された。
羊たちは二度と逃げ出すこともなく、
魔術師が彼らの肉や皮を取りに来るときを静かに待っていた。


これは《黄金の華の秘密》―OSHO著に出てくる寓話だ。

「通常の無意識状態にある人間を表している。」とOSHOは云う。

「人間は機械だ。人間は機械に生まれついたわけではないが、
機械のように生きて、機械のように死んでゆく。」
と指摘する。

「人間は大きく花開く意識の種子を宿している。
人間は神になる可能性を秘めている。」とも語る。


この寓話は、まさしく現代の世界の状況にも
ピッタリと当てはまっているではないか・・・・・・・。


OSHOはこう付け足す。
社会によって、国によって、組織化された教会によって、
既得権益を有する者たちによって、人間が催眠術にかけられているからだ。
社会は奴隷を必要とする。」

「そして人が奴隷の境遇に甘んじたままでいられるのは、
成長して最大限に花開くことを許されないときだけだ。
社会はあなたの肉やあなたの皮を必要とする。
だが言うまでもなく、誰もそんな目には会いたくない。
だから、社会の一員となり、文明を身につけるプロセスというのは、
全て深い催眠術に他ならない。」

「人間はまさに生れ落ちた瞬間から催眠術をかけられてゆく。
社会は人間の味方であり、人間の幸せのために存在するのだ
と信じるように催眠術をかけられてゆく。」

「それはまったくの誤りだ。
人間は自分が不死であると信じるように催眠術をかけられてゆく。
そうではない。人間は不死になりうるが、いまは違う。
催眠が解けずに残っているかぎり、人間は決して不死にはならない。


OSHO.jpg











この話は、マーヤ(幻想)というまやかしにがんじがらめになっている
現代の人間の有様を如実に言い表している。
私たちは生まれながらに「マトリックス」に幽閉されているならば、
ここがマトリックスであるということさえ氣づきもしない。
これがマーヤであることすら思いもつかない。

世間、常識、教育、社会、政治、経済、宗教、
それらすべてが催眠術(マーヤ)なのである。
このことを知ってしまった人は、
自分がTAO(本来の道)を踏み外していたことに氣づき、
本質を求めて探求を始める。

真理を求めて、ある人は宗教へ、ある人は科学へ、哲学へと旅をする。
しかし、サティア(真理)は外には見つけられないことに落胆する。

そうだ。そとに求める行為そのものこそ、
自らをマーヤに向かわせることであったと知るからだ。

答えは内側にあると知るのだ。
それが始まりの0。ゼロとは零=霊=空である。
しかし、それすら答えではなく探求の始まりなのだ。

一歩踏み出しなさい。神は九歩お前に近づくから。

ヴェーダの賢者たちは神の慈悲と恩寵をそのようにたとえる。

たった一歩でよいのだ。後は神が面倒をみるからということなのだ。

しかし、人は濃い霧(マーヤ)や深い闇(洗脳)や甘い香り(エゴ)に
相変わらず拘束され続けていて、一歩出るということすら
なんのことやらさっぱり分からないの羊なのである。
とっくに柵はないのに逃げない羊が我々である。

神をナマスマラナ(憶念)できるのは人間だけなのだ。
神を思う能力を与えられた生き物が他にいるか、そう聖者は問う。

これが真理に到達すべく最大の神の恩寵であるというのに。
これが神の慈悲であり愛であるのに。

人は、愛、愛、愛・・・・・と相変わらず
愛を勘違いし連呼し、マーヤに愛を与え、マーヤを愛し続ける。

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仏陀。ゴータマ・シッタルダ。
バータラに光をもたらしたアヴァター。

そして親愛なるヴェーダ・マスター。

イエス誕生以前、
2,500年の彼方から強烈な光を放ち続ける。

色即是空。空即是色。

永遠不滅の宇宙の法則。

真理はひとつだが、
仏陀のことは語り部によって
千と一つの物語が生まれる。

東洋の宝石、仏陀の物語が
西洋で語られるときその栄華は
神秘のヴェールに包まれる。


















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今日は魂のお勉強。

あれこれ批評するのではなく
霊体としてただただハートを開いて
真理という叡智を吸収する。

いち宗教(団体)としての眼鏡で見るのではなく
ひとつのサーダナ(霊性向上の教え)として耳(ハート)を開くのなら
魂の氣づきに光をあててくれる秀逸な学びがある。

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新田道場で合気道開祖・植芝盛平翁(左)と歓談(1960年)



五井昌久という霊性の巨匠、
世界平和の祈りのおおもとである彼の
神人合一の基本理念をご本人の声で聞いてみましょう。


地球の未来と人類の進化①~⑤

①人類の起源と進化



②宇宙の神々と宇宙人

③地上天国が完成した時の人間は

④新しい世界を築く

⑤日本人の天命

②~⑤はクリックするとジャンプしますので
お時間ある方はご覧ください。


これも面白いのでオマケ。
お釈迦様のいう出家とは、肉体という家を出て
霊界や神界へ出て行くということだとおっしゃっています。
妙に納得してしまう言葉です。
老子の教えは、頭で考えるということから
どのようにしたら脱却できるかのヒントになります。


老子の話




五井ワールドの基幹を知りましょう
守護霊、守護神にゆだねること
それが「空」につながることだという。


世界平和の祈りの教えとは



世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が全うされますように
守護霊様 守護神様 ありがとうございます

1309d294.jpeg


















彼もまた偉大な侍であったのでしょうか。

AUM

 

 


 


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昨日の首相官邸前の再稼動反対の抗議デモ、
10万人を超えたとの主催者側の発表がありました。

もうみんな居ても立ってもいられない衝動にかられ
大いなる導きが集合意識と感応して動き始めました。

報道もさすがに見て見ぬふりできずニュースで流れましたが、
知らない人にはなんのこっちゃかわからぬ程度のスポットです。
その分、ライブ中継がインターネットですごいアクセス数でした。



20120629 大飯原発再稼働 官邸前で反対デモ拡大 投稿者 PMG5

これは意識の目覚めです。
闘いではないのです。
怒りの衝動ではないのです。
魂が叫んでいるのです。
このままではいけないと。

見て見ぬふりしてきた、
自分への問いかもしれません。
人類の、日本人の
カルマの清算かもしれません。

カリ・ユガ期はこういう
魂の噴出が多くなるのだと感じます。

中継のインタビューで参加したある女性が
冷静に現場を捉えており、静かな口調で言っていました。

ただ立ってるだけじゃ、だめなのかしら。
大声上げて叫ぶのに慣れてないから、
静かにそこに居るだけじゃいけないのかと
さりげなく話していたのを聞き、
ヤマトナデシコ、女性性のパワーの寛容性、
すべてを受け入れる女神の受容性を察知しました。

怒りをぶつけあっても強い方が勝つにきまってるから、
ともおっしゃっていました。わかってるなぁ、この人。

でも、そろそろみんなそこに
氣がついてきたのかもしれません。

みんなが意識を向ければいいのです。
注目=意識=光です。

みんなで光の柱を立てる時がやってきたのです。


最近、ツイッターでフォローしてくださった
オノヨーコさんのパフォーマンスをご紹介。
このYouTube動画はまさに光のビーム!
天の御柱のメッセージです。

i
ii
iii

愛と平和の新時代が来る前に・・・
亡くなられた方々もいます
でも みんな希望を抱いて
ここにいるのです
この光は智恵と癒し
そして力の光です
私たちの魂が混乱や恐怖で
暗闇に陥っているときでも
この光をこころに抱こう
自分だけではなく
みんなが平和の光を見ています

イマジンピースタワーは
愛によって実現されました
ジョンとヨーコそして
アイスランドからの
世界への贈り物です

願いをかけて
光を送り合いましょう
このように、
i
ii
iii

まさに光の柱です。
ぜひこの映像をご覧ください。
一緒にi ii iii の光をともしていきましょう。
シャクティで内なるセンターに
光の御柱を立て続けましょう。

Aum Namo Narayana

天を地に、人を神に。
つなぐことがいまの霊性修行、サーダナです。


YOKO ONO PASSAGE FOR LIGHT 〜オノ・ヨーコ 光の道



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Goddess☆Coming
ヴィーナス・トランジットはいかがでしたか?
女神のメッセージは受け取れましたか?




シャクティ・プラネットでは、
ダキニでメッセージをシェアしました。

いろんなメッセージがありました。
それぞれの学び、思い思いの体験。

すべてがミロクの世の幕開けを示唆しています。

時空が加速しています。
カリ・ユガ時代という言葉も
過ぎ行く風のように遠のいていく氣がします。

女神の示唆するものはトレランス(寛容性)。
受け入れなさい、そのままでということです。

見守りなさい、あるがままで。
愛しなさい、いまここで。

ゆるしが、女神の促す究極の楽園なのですね。

いまここを受け入れなさいということを
ミロクの啓示は伝えているのでしょうか。

アセンションや次元上昇という
ブームのような言葉があふれています。
あふれる、ということはアヴァンダンス、
こぼれます。だからこれも過ぎ去るのでしょう。

どこか違う次元に行くとか
5次元にシフトするとか
プレアデスだか
シリウスだかに行かれるのでしょうか。

でも、それは「いまここ」ではないですね。
仏陀はいまここを生きよといいました。
あるがまま、と道元もいいました。

どっか違うとこにいっちゃうということは
いまここを受容することではないですね。

みんなそれに氣づいていないのでしょうか?
何か大変化が起こって、
新しい環境が出現して、
なんだか楽しいことがやってきて・・・

理想郷を求めて歴史は旅を続けてきました。
いまここじゃなくて、どっか違うとこを探して。

何があったでしょうか?
科学や医療の進化が到達した先は?

文明が進み築かれた都市と、
代償で消えた大地。
快適な空間と引き換えに
灰で覆われた空と空氣。

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シャンバラは見つかったのでしょうか?
どこかにあるのでしょうか?

仏陀は、色即是空 空即是色といいました。

いまこことは「空」なる領域にあります。
無空につながることなのです。
それは、「いまここ」にしかありません。

納得のいかない状況の中、
氣に入らない環境の中、
思い通りにならない世界、
その中にいてこそ「それ」は見つけられる。

そう、状況は変えられないが
それを受けとめるこころは変えられる。
それをOSHOは超越といいました。

変えられないけど超えるんだ。
それが我々が本当に探していた
シャンバラ(理想郷)なのではないでしょうか。

どこかへ行くことじゃないんですね。
いま、ここで超えることを、
ミロクに帰還したヴィーナスは
運んできてくれたのです。

女神様の恩恵それは、
ただただ見守ること、
ただただ愛し続けること、
ずっと寄り添っていまここにいること、
そうすれば、超えられるんだよって
優しく微笑んでいらっしゃいます。

1d7ea930.jpeg


















チルチルミチルも
大変な旅をしてきて
お家に帰ったら
なんだ、探しに行かなくても
ここにいたんだねって
氣づきましたね。

シャンバラは、
青い鳥は、
桃源郷は、
ユートピアは、
そうもともいたエデンの園だったんです。

智恵(分別)の実を食べる前の私たちに戻ることを
666ミロクのヴィーナスは「帰る」という啓示で
語っているように感じます。

還ることはまさしく統合、
分かたれたものをひとつにすること。

私の本質は霊だったんだ。
肉体と霊をつなぐんだ。
その摂理に氣づくことかもしれません。

大いなる源、ナーラーヤナへ還るとは
いまここをぜんぶ受け入れ愛すること。

もう、どっかへ逃げなくていいんですね。


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ある長者の家に美しい女性が訪ね来て
一夜の宿を乞いました。
その女は「我は功徳天と申します。」というと、
主人は喜んで女を家に招き入れ、
いつまでも留まっていただけるよう願いもてなしました。

暫くするとまた一人、女性が現れて
同じように宿を求めます。
そかし、今度の女は功徳天とは違って顔は醜く、
着物もみすぼらしい物でした。

主人は「どなたですか?」と聞くのですが
女は「私は黒闇天と申します。」と言いました。

黒闇天とは貧乏神のことじゃないか!とんでもない。
主人が驚いて「災いの元を家に入れることはできん」と断りました。

すると、先ほどの功徳天が、黒闇天は私の妹なので家に
招き入れるように頼んだのですが、長者は、とんでもないと
言い張りました。黒闇天というのは災いをもたらす神ですから
家の中に入れるわけにはいかないと言ったのです。

「私たち姉妹は一時でも離れることはできないのです。
私ををここに留めおかれるのなら妹も留めおかねばならないのです。
妹を追い払うのでしたら私も出ていかなければなりません。」とい言い、
長者の家から出ていってしまったのです。

功徳天と黒闇天は姉妹であり、いつも一緒で離れることがないという
『大般涅槃経』にある話です。

禅の逸話としてもこの話は使われます。

禅僧の“無住一円”も「雑談集」で
「何事もよろこばず、また憂(うれえ)じよ、
功徳、黒闇つれて歩けば」と語っています。
どんな状況になっても、手放しで喜んだり、
憂い悲しんではいけない。
幸と不幸は、いつも表裏一体なのであるからだ。
ということです。 

功徳天は別名、吉祥天。親しみを込めて「福の神」とも
呼ばれます。ラクシュミ女神です。

lakshmi.png























黒闇天は黒闇女、黒夜天、暗夜天、黒夜神、
あるいは別名“黒耳”(こくに、不幸・災難の意)などとも呼ばれ、
その原語は、元来“世界終末の夜”を意味します。
不吉・災いをもたらす女神。「貧乏神」と呼ばれることもあります。
どうもドゥルガー女神と同一視されているようです。

ドゥルガーは愛の女神でありますから、
少々ニュアンスが違うように感じられますが、
武器を持ちエゴをことごとく切り刻む様を見て、
わぁ~恐い神様だ、と捉えたのかもしれません。

一般的には、「福の神」と「貧乏神」として
伝えらているわけですが、
つまるところ、幸不幸、喜び悲しみ、好き嫌い、
陰陽対極の象徴を示しているのだろうと思います。

幸不幸は一枚のコインの裏表。表裏一体なわけです。
幸せを得ようとしたなら、不幸ももれなく付いてくるよってこと。

わかっているようで、実はわかっていない。
それが私たちの現実ですね。
愛する人やものを得るということはまた
失うという苦しみも同時に存在しているということ。

仕事や健康のこと、そしてお金なんてまさに。

だから、仏陀はおっしゃったんですね。
お前のその苦しみの原因は執着なんだよと。
それを手放したくないともがくところに苦しみが生まれる。

諸行無常。

生まれ来るものはすべてが消え行くのであるから
いつまでもその幻にしがみつくのではないと。

そして、さらに

不生不滅 不垢不浄 不増不減
ということも般若心経には書かれています。
すべては、生まれもせず滅することもない、
穢れているということもなければ清いということもない、
増えることもなければ減ることもない、のです。

森羅万象、あらゆるものは幻(マーヤ)であると
言い切っていますね。空という観点からみたものです。

功徳天も黒闇天も、同じであるということは
すなわち、どちらも、元々ないということなのです。
光と見るか闇と見るか、
それは見たものの心(マインド)が
判断しているだけのことであると言うのです。

好き嫌いもそうですね。
すべてのエゴを生じさせる原因はとみると、
好き嫌いの判断基準が根底に流れています。

じゃあ、その好きとする理由は?
嫌いだという理由は?とあらためて
こころに問うならば、おそらくよくわからないが
真相ではないかと思います。

実は、全部がそういうシステムなんです。
なんとなくそう思う。みんながそう言うから、
あの人もそうしてるから、という
漠然としたムード(雰囲氣)がそう判断させるのです。

それをマーヤと言います。
マーヤであると氣づいていればよいのですが、
マーヤは実に巧妙にこころの隙を満たすような
光に似せたもので騙そうとするのです。
一旦、マーヤにどっぷり浸かってしまうと
真理が見えなくなってしまうのです。

だから、執着するなと仏陀は言います。
手放しとは、そのものにこだわることや
自分の判断を投影することをやめることです。

ただ、そこにあることを認め受け入れる。
ただ、そこから消え行くことを認め受け入れるです。
しかし、マーヤの中、天岩戸の中ではそれはとても難しく
見えなくさせられてしまうのです。
見えなくなっていることすら氣付かないかもしれません。

だから、空につながりたいのです。

空につながり空でいきるか、
色にとらわれ色で生きるか。

いまここを生きるとは、
色即是空 空即是色に
目覚め氣づき続けていくことだと感じます。

Durga.jpg

















女性性の象徴でもあるドゥルガー女神は
愛と受容性、寛容の象徴でもありますが、
一旦、ぶちぎれますと一氣に男性性に豹変。
怒りに満ちた憤怒のカーリー女神に変身してしまいます。

Kali.jpg



















カーリーはあらゆるものを破壊し尽くします。容赦しません。

寛容と怒り、これもまた表裏一体であるということでしょうか。

AUM



 


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死・・・それは居心地のいいところに行くことなんですって。

ゴリラのココがそう言ってます。

野生動物の本能が示す、死の所在、意味かもしれません。
実際は、「Comfortable hole bye.」と言ったそうです。

Comfortableとは、快適な、とか心地よいという意味があります。
holeは、穴とか窪みという意味ですが、動物の巣穴という
解釈もでき、居場所とも訳せます。そしてbyeは、バイバイ、
さよならで、行くことを示すのでしょう。

以下、「優しい唄歌い」より転載させていただきました。

泣いたゴリラ

ココはメスのローランドゴリラ。
生後3ヶ月で病気にかかっている時に、
パターソン博士と出会い手話を教わりました。
そしてなんと1000語もの単語を習得したココは、
手話でパターソン博士と会話ができるようにまでなりました。
例えば、虫歯で歯が痛いことをココは手話で伝えて、
治療してもらったりしています。

手話をするゴリラ、KOKO





ココと子猫のボールの話があります。
博士は、ココにたくさんの絵本を手話で読み聞かせてあげました。
ココは猫の絵本がすごく気に入って、お誕生日のプレゼントに
猫をおねだりしたのだそうです。

3匹の子猫を見せると、その中から自分と同じように
しっぽのない1匹を選び、母親のように体を舐めてやったりして
すごく可愛がったのだそうです。

子猫に「ボール」という名前をつけて、
とてもとても可愛がっていたのですが、
ある日ボールは車にひかれてしまって
亡くなってしまいました。

その話を手話で聞いたココは・・・
なんとボールの死を理解し、
とても悲しいと手話で話したのです。

KOKOと子猫のボール



ではココは死をどのようなものだと認識しているのでしょうか。

ココが研究者ムーリンと「死」について会話した内容を
以下に記載します。


ムー:念を押しますよ、このゴリラは生きているの、
   それとも死んでいる?

ココ:死んでいる さようなら。

ムー:ゴリラは死ぬとき、どう感じるかしら?
   --しあわせ、かなしい、それとも怖い?

ココ:眠る。

ムー:ゴリラは死ぬと、どこにいくの?

ココ:苦労のない 穴に さようなら。

ムー:いつゴリラは死ぬの?

ココ:年とり 病気で。


「苦労のない 穴に さようなら。」

動物の中で人間が一番賢いと思っていましたが、
もしかしたら、死とか生とか根源的な概念に対しては、
動物達の方が深く直感的に人間よりも理解しているのでは?
と思ってしまいました。

「苦労のない 穴に さようなら。」は、
実際には「Comfortable hole bye.」と語られたのだそうです。

苦労のない穴ですか・・・

もしかして「死」ってそんなに恐ろしいことではないのかな、
なんて考えてしまいます。

自然から離れて生きる人間は、「死」を直感的に理解できず、
未知のものとして極度に恐れる訳ですが、
大自然の中で生きる動物達は、人が思うよりも、
「死」を優しい存在であると認識しているのかもしれません。

以上、転載終了


死とは、終わりではなく、魂が一旦帰ること。

優しくってとても居心地の良い場所にご帰還することなんだと

ココは教えてくれました。


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SHAKTHI PLANET
シャクティは光のヒーリング。それは太古のインドより幾千万年の時を駆けて受け継がれるヴェーダの叡智の一端。仏陀やジーザス、空海というヴェーダマスターたちが説く真理をいまに蘇らせるため「いまここに」。光絶やさぬよう仲間が集う学びの惑星に、シンクロしましょうか。
HN:
Palalan☆pi
性別:
非公開
自己紹介:
みんな、幸せになれますように☆シャクティの光☆広げ続けましょう☆この惑星にシャクティ降り注ぐ限り、きっとすべて大丈夫☆たくさんのハートを愛と平安で満たせますように☆
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愛をつなぐメッセージ
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目醒めの神年
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