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午後1時の東京大空襲の追悼黙祷のアナウンス、
黙祷と祈りを済ませた30分後、突然空が黄色になりました。
まるで映画でもみているかのような光景が。

93d6b455.jpeg


















黄砂ですかね。すさまじいです。
この世のものとは思えぬマーヤの世界。

気象庁は煙霧であると発表したようですが、そんなはずありません。
それじゃ煙霧?っていったいなんじゃ?視界がなくなるほど埃が舞い上がるのか?
子供たちは「きな粉」が飛んでいるって騒いでいますが、よほど正直ですね。
そういう聞きなれない新語を使ってごまかすのがメディアのお得意技ですね。
な、わけないじゃんって言いたくなります。


一夜にして10万人以上の犠牲者を出した東京上空に、
空を一瞬に暗黒に覆う某国の汚染大氣が来襲してきました。

黄砂でないとすると・・・・・何か深い意味がありそうですね。
戦火の炎が再び上がらねば良いのですが。
不穏な空氣の予感がします。



折りしも今日は、マハー シヴァラートリー。
吉兆の夜のインドの大祭典の日。
ヴェーダの神、シヴァ神を讃え、
インドでも今宵から明日にかけてバジャン(聖歌)を捧げ続けます。
ノンストップでオールナイトで神に向かう日なのです。


Shiva-03.jpg






























この祈りと捧げ物が、シヴァというエネルギーを歓喜させ
私たちの中のエゴというマインドを根こそぎさらっていってもらいます。

シヴァ神は破壊の神。創造再生のための破壊です。

どうしようもなく、世界にこびりついてしまった慣習やパターン。
それらは氣づていても自分ではなかなか超えることのできない
分厚い壁となって行く手に立ちはだかります。

これがプラナー(氣)の乱れを生じさせ、流れは淀み腐らせてしまいます。
運命であったり病気であったり、様々な障害となって立ちはだかるのです。
起因はすべて私達自身の固まってしまったエゴなのです。

すべては鏡。原因は自分。
ということなのですね。

シヴァの破壊はこの固まってしまってまったく手に負えない
エゴの城壁を崩しにやってくる救世主でもあるわけです。

日本では不動明王と呼ばれヴェーダを取り入れた空海によって顕現させられました。

衆生を悪しきものから不動剣で切り離し、
そのまま捨て置かないで綱で救いあげてくれる慈悲の象徴神です。

シヴァの破壊とはなんと優しいのでしょう。
私たちにできぬことを、代わりにやってくださり、なおかつ放置せず救ってくださるわけです。


この目を疑いたくなるような空も、再生のためのシヴァ神の嵐が起こったものとして
今宵、マントラやバジャンでシヴァをナマスマラナ(憶念)し続けることで
やがて吉兆と変わる事でしょう。
宇宙の壮大な流れにゆだねていくことにしましょう。

AUM Namah ShivayaΨ(*^o^*)Ψ 
ババのCDでお馴染みオーム・ナマ・シヴァーヤの生の映像も入っています。




破壊の後は、輝くばかりの再生が待っています。

リンガのカタチはつるんとして卵のようです。
手も足もなく、顔もなく、正面も後ろもなく、始まりがなく、終わりがなく、
限りないもののしるし、象徴です。

lingam.jpg













リンガの形は、人の想像するニラーカーラ(無形なるもの)のごとき形をしています。
リーヤテー(すべての名と姿が融合する先)と
ガムヤテー(成就を目指してすべての名と姿が向かう先)という意味なのです。
リンガは全知・全能・遍在なるものに最もふさわしいシンボルです。

クリスタルのシヴァリンガムをお持ちのかたは、
今夜から明日にかけて手にして祈り続けてください。


 


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拍手[9回]

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サンスクリット語で「シューニヤ」という言葉があります。
「シューニヤ」とは0(ゼロ)=『空』を表します。

ビッグバン以前の原初の宇宙は、塵もなにひとつない広大な宇宙空間のみ。
ただ静寂で、あらゆる現象が生じる特異点であり、森羅万象の発祥の場。
1とか2と呼べるものはなく、相対的な価値観=二元性というものも一切ありません。
だからすべてを超越していて、ゆえにゼロ=空=神と言い換えることができます。

般若心経の「色即是空・空即是色」です。
色(1=有)すなわち姿・形象あるものは空(0=無)であり、
空は色でもあると言います。
つまり「色即是空」と言う四文字の中に宇宙の誕生から
今に至るまでのメカニズムが凝縮されているわけです。

これはまさにデジタル言語です。0=無、1=有です。
ないが0、あるが1という二進法の原型です。
太古のヴェーダによって発見された0(ゼロ)という概念が、
いまのコンピューター世界の基盤なのです。
0と1の組み合わせだけで、現在のあらゆる物質世界のシステムが
構成されているわけです。

f2926453.jpeg













すべては空という場から永遠なる悠久の時の流れの中で、
『0=空=神』自らのエネルギーを原材料とした『自作自演』による
天地創造という物語が始まりました。
神は自らに似せて、男(究極の素粒子=右回転)と
女(究極の素粒子=左回転)とを創造されました。

ゼロは漢字で“零”と書きます。零はレイとも読みます。
レイとは『霊』に通ずる言霊だから、0=霊=空ということと理解していいのだと思います。
霊は魂とも言い換えられますね。

霊とはお化けのことではありません。
それは幽霊とか亡霊で、字を見ての通り、
霊が幽閉された状態を“幽霊”といい、
霊を亡くしてしまえば“亡霊”というのです。

私たち生きとし生けるものに平等に与えられているものに “死” があります。

死んだらどうなるかというと、
肉体という物質(形象=1)を脱いで、霊(無=0)に戻ると考えてみると、
とてもシンプルでわかりやすと思います。
ある=1(肉体)から、ない=0(霊)へと状態が移行しただけと捉えてもいいのかもしれません。

だから、死というのは状態の変容であって、すべてが消えてなくなってしまうことではなく
霊すなわち魂となって存在し続けるだけです。
次の新たなる肉体と迎合し再生することを輪廻転生というのでしょうか。

こうしたことを、私たちは数百回と繰り返してきています。
そのままの記憶を持ち続けていたら今回の人生を生きるのに
あまりに辛すぎます。そこで
マーヤ(幻力)という忘れさせる力が作用しています。
過去世の苦しみや悲しみの重荷を降ろしてくるわけです。

しかし、肉体に入った魂=霊というレベルでみるならば
その余韻が消されないまま残っていて、それがカルマと呼ばれるのでしょう。
因果律、原因があって結果があるという法則は
このカルマがいまの自分とその状況をつくっているというのです。

でもよ~く見極めると、物質ではなく、意識だけのこと、
記憶だけのことにこの現実が揺り動かされているのです。

因果(いんが)の法則は、原因が結果を、そして、その結果が次の原因を生み出すという
循環を繰り返していきます。
因→果→因→果→因→果→因という輪転をひたすら。
そこで、よ~く諦観してみますと、
果→因→果→因という流れを見つけることができます。
これを、
果因(がいん)の法則と呼んでいます。
結果を先に得てしまう。すると原因が後からくっついてくる。
とでも言えばいいのでしょうか。

因果の法則は肉体をもつ物質界のものであり
果因の法則は肉体のない霊界のものであるといいます。

すなわち、因果=1(色)、果因=0(空)の法則です。

すごいです。私たちの運命を左右している法則もデジタル数値なのです。
なにを言いたいのかというと、

色という物質界に囚われていると因果のスイッチがONになり
空という霊界につながっていると果因のスイッチがONになるのです。

ここに運命好転の大法則が潜んでいるわけです。

平たく言うならば、瞑想は空につながる作業です。
ということは瞑想することにより、果因の法則を適用しやすくなるわけです。

だから、内なる『明鏡止水』に願いをくっきり映すと
それが現実になるという理論が、腑に落ちるわけです。

0=シューニヤこそが
因果の法則、カルマから解脱する鍵になるのです。
それが、お釈迦様の説いた最大の奥義、
色即是空。空即是色。なのです。

39e6b070.jpeg






まぁ、寝ながらゆっくり悩んでみてちょ♪


 


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拍手[8回]

去年の9月7日にエリザベス・キューブラーロス女史の著書
「人生は廻る輪のように」をご紹介しました。

詳細はクリックしてご覧ください。

ヒーラー必読の書としてお伝えしましたが
別にヒーラーでなくてもかまいません。
私たちの本質は肉体ではなく“霊”であるのだと
ターミナルケアに人生を捧げたロス博士の自伝の書です。

人は人生を全うし肉体を脱ぐことを
蝶がサナギからかえることに喩えています。

私たちが物質界で着ている肉体というサナギを脱ぐと
本質である、蝶(霊)となって蘇るのだといいます。


これはメーテルリンクの青い鳥をイメージさせます。
青い鳥(幸せ)を探しに遠くまで出かけなくていいんだよ。
むしろ、青い鳥はあなたの内に棲んでいるのだから。
もともと、ここにいたのです。


静かに波立たず明鏡止水でこころを諦観してみなさい。
そこに映っているのが仏なのですよ、と道元さん。


仏法遥かに非ず。心中にして即ち近し。
仏は自分のこころの中にいるのです。
人間は誰もがハートに原石を持っているから
一生懸命磨けば、光り輝く金剛(ダイア)となるのだよ。
空海の御真言「南無大師遍照金剛」の金剛こそは神性です。



キューブラーロスの死にゆく人たちの看取りの記録で共通している
最終的な受容の段階が、サナギが蝶にかえる準備完了なのです。

彼女の研究の中で、臨死体験をした患者さんたちが
みな同じような体験をしていることにも注目したいと思います。


肉体という私は死んでも霊という私は死なないということです。


そんな体験の中でもとても興味ある話が、天からの質問のこと。

一旦、死んだ魂は、霊界の入り口で天の声を聞きます。
神様でしょうか?三途の川を渡り、閻魔様の声を聞かれたのでしょうか。

「あなたは、どれだけの人を愛しましたか?」
「どれだけ他の人を愛せましたか?」ということです。

自分ではなく他者を愛したかということが
宇宙が今世を生きた私たちに問いたかったただ一つのことなのです。

これは別な見方をすれば、我々は
愛を地上に残すために天から使わされた者であるわけです。
えっ?愛の天使?(スピコン風に言ってみたm(_ _)m)


愛をカタチにしたか?
カタチといっても物質的なものもあると思いますが
エネルギーはすべてカタチですから感情や思いもカタチ。

なんか愛した証、を残せたのだろうか。
肉体を脱いで回想し後悔してもはじまらないのです。
その時は、はい!もう一回いってらっしゃぁ~い・・・です。

蒼い蝶、青とは慈悲、慈愛の色、マザーテレサの色です。
ただただ、与えつくしの愛の色をした蝶として天に飛び立つために
いま、ここで私たちがしておくことをおさらいするとき
それが2012年という運命の年なのではないでしょうか。

12月21日、世界終焉?
それは人として死に、神として生まれ変わるの
フェニックス元年でもあるわけです。



キューブラーロス女史のもう一冊のバイブル「ライフ・レッスン」。
この本の最後に素晴しい言葉があります。

「赤ん坊がひとり生まれるたびに、
神は世界を持続させようと決心してきた」という箴言がある。

毎朝、目がさめるたびに、
あなたは経験すべき人生をもう一日だけあたえられのだ、
といってもおなじことだろう。

その一日を、あなたが最後にフルに経験したのはいつだっただろうか?
いまの人生とおなじ人生は二度と手にすることができない。

この人生ではたしてきた役割をもう一度演じることも、
もう一度これまでとおなじように人生を経験することも、
けっしてできない。あの両親のもとに生まれ、
この家族をもち、このこどもにめぐまれ、この環境、
この状況のもとに生きてきたように、
この世界を経験することは、もう二度とできない。

おなじ顔ぶれの友人をもつことも、今回の生かぎりである。

あの海、あの空、あの星、あの愛する人を、
最後にもう一度だけみたいと願うようになるときまで待つ必要はない。
いまこそ、それを、しみじみとみてほしい。


AUM Namo Narayana


愛だけを残せ / 中島みゆき

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
いのちの証に 愛だけを残せ

やむにやまれぬ人生は綱渡りだ
選ぶつもりで選ばされる手品だ
闇の中の風のように
突然に愛は居どころを求める

弱き者汝の名を名乗れ しなやかに
強き者汝の名を名乗れ ささやかに
みんな儚くて みんな愛しくて
振り返ってしまうから

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
いのちの証に 愛だけを残せ

思いがけない幻に誘われて
思いがけない風向きに運ばれて
偶然の朝 偶然の夜

我々は何も知らされず 踏み出す
縁は不思議 それと知らぬ間に探し合う
縁は不思議 それと知りながら迷い合う
みんな哀しくて みんな恋しくて
立ち止まってしまうから

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
いのちの証に 愛だけを残せ

弱き者汝の名を名乗れ しなやかに
強き者汝の名を名乗れ ささやかに
みんな儚くて みんな愛しくて
振り返ってしまうから

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
いのちの証に 愛だけを残せ

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
いのちの証に 愛だけを残せ

 


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拍手[13回]

ある日、ひとりの武士が白隠さんのお寺を訪ねてきた。

地獄はあるのでしょうか?また極楽とはいずこに?
そんな内容の問いを投げかけた。

白隠さんは、そのお侍さんを見るなり、
「そんなこともわからんで、よく武士をやっとるな。」
そう言って小ばかにした。

さらに、しつこく武士のプライドを傷つけるような
氣にさわるセリフを投げつけ一笑した。

すると、堪忍袋の緒が切れた武士は、刀を抜き、
白隠さんに「おのれ、くそ坊主め、成敗してくれるわ」
とばかりに切りかかろうとしたのだ。

すかさず、白隠さんは、
「それじゃ、それ、それが地獄じゃ。」
その怒りが、プライドが、地獄の門をあけるのじゃ、と説いた。
エゴが地獄の門を開ける鍵なのだと。

ハッ!と、我に返った侍は刀を鞘に納め、
「わ、わかりました。ご無礼失礼いたしました。」と詫びた。

鬼のような形相だった武士の顔が
柔和な仏様のような顔に変わる。

白隠禅師は間髪をいれず
「それじゃ、それ。それが極楽じゃ。」と大笑された。

地獄も極楽もあなた自身の内にあるということを
白隠捨て身で説いた渾身の逸話である。

49ccbf7f.jpeg














白隠禅師の直筆「一円相」

村の庄屋の娘のててなし子を
言い訳ひとつせず、淡々と引き取り、
氣づかせる話など、白隠禅師の逸話はたくさんありますね。

病氣を自己治癒力で快復させる「軟酥(なんそ)の法」は
自己催眠の原型でもあり、超越瞑想法でもあります。

以前、ワークでも軟酥の瞑想法は実習してみましたが、
身体の中から光り輝くような体験をしました。
現在、なんらかの病いを患っていらっしゃるかたは
ぜひ、実行してみてください。
特に腫瘍等を消すのには有効だと思います。

その白隠禅師の残された言葉の中に、
「白隠禅師座禅和讃」というものがあります。

衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき

夫れ摩訶衍の禅定は 称歎するに余りあり
布施や持戒の諸波羅蜜 念仏懺悔修行等
そのしな多き諸善行 皆この中に帰するなり
一座の功をなす人も 積し無量の罪ほろぶ
悪趣何処にありぬべき 浄土即ち遠からず
かたじけなくもこの法を 一たび耳にふるる時
讃歎随喜する人は 福を得る事限りなし

況や自ら回向して 直に自性を証すれば
自性即ち無性にて 既に戯論を離れたり
因果一如の門ひらけ 無二無三の道直し
無相の相を相として 行くも帰るも余所ならず
無念の念を念として うたうも舞うも法の声
三昧無礙の空ひろく 四智円明の月さえん
この時何をか求むべき 寂滅現前するゆえに
当所即ち蓮華国 この身即ち仏なり



迷える私たちも本来は皆、仏なのです。
それは水と氷に喩えることができます。
水がなければ氷はできないのと同じく
私たちを除いては仏はありえないのです。
私たちそのものが仏であることに氣づかずに
あちこち探しあぐねるのは虚しいことです。
これはまさに、水の中にいて「水をくれ!」と叫ぶかの如し。
本当はどれほど幸せであるのかということにも氣づかず
「ああ、なんと私は不幸なんだ」と嘆いているようなもので、
これでは、いつまでたっても苦の世界からは抜け出せない。
それは自分の境遇をくよくよ嘆いているからなのです。
長い長い闇を通り抜け、生死という執着から離れなさい。

「禅定」それは、こころを見通し落ち着かせることで、
悟りの境地へと導かせるものです。
人を優しく思いやり、自分に厳しく目覚めていなさい。
真理の言葉の詠唱や心身を清め、善い行いをする。
それらも皆、「禅定」なのです。
ひとときでも、マインドを滅却することが出来るなら
悩みごとや罪の思いも、実は何もなかったのだと氣付くのです。
悪い事など、いったいどこにあるというのでしょう?
極楽はいま、ここにあるのです。
有難いことに、この教えを一度でも耳にしたならば
深く褒め称えて信じ、受け入れる人は必ず幸福を得るでしょう。

ましてや自らの内側を見つめ祈り精進して
本来の自分を感得することが出来れば
自分が何者であるとか、性の区別もなく
その瞬間、既に執着や煩悩から離れていて
人は仏と一体であることを悟るのです。
真理の道から外れずに現れた形によらない
本来の無空なる自己に氣づき
どこであっても常におのれを見いだすのです。
想いに捉われず、観自在のあり方をもって生きるなら
どんな行いも そのまま仏の行いになるのです。
こころが澄み切れば、天晴れな空のように自由にどこまでも広がり
移り行くの雲の上には、いつも月が輝いていることを知るのです。
この あるがままの美しさの他に 何を求めるのでしょう?
マーヤにとらわれないあり方であれば
この世はそのまま極楽であり
この身そのまま仏なのです。



禅の境地と、仏陀の八正道を語っています。

外をキョロキョロ見回して、
あれスピだのこれスピだのと時間とお金をかける前に
あらためて、坐して、内なる仏と対話してみることをお勧めします。

AUM

 


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拍手[12回]

10月は神の月。

旧暦で神無月と呼ばれますが、神無月の無(な)が「の」にあたる
連体助詞で本来
は「神の月」という意味を示すとも云われています。

出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し合うため、
出雲以外には神がいなく
なると言われるのは、後付けの中世以降、
出雲大社の御師が全国に広めた俗説でし
ょう。

神は遍在。どこそこに、いつ居る居ないはありません。

あえて、神様が留守なのでという説を見るならば、
日ごろの感謝を込め神様への休暇を供物として
その想いを捧げるということでしょうか。
いつもいつも神頼みばかりでご負担をかけているので、
たまには人間の力でやりますからどうぞお休みください
という祈りかもしれません。


9月最後の日が、引力が満ちる満月となり
しかも浄化の台風と重なりました。

9の月に禊が終わったととらえられないでしょうか。
シヴァ神が動いたのです。
ぜ~んぶ彼方へと持って行ってくださったのでしょう。

47d736eb.jpeg












シヴァ神

AUMのMが働いたのです。それは再生のための破壊。
だから10月はまさに神の月。ブラフマンの創造です。

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ブラフマン

新たなる始まりです。この後、世界をどうするのかは
私たちの意識次第なのです。託されているような氣がします。

世界を創造するブラフマンをサポートしたのはサラスワティ。
波動の女神です。森羅万象は波動=音でできています。
聖書の「はじめに言葉ありき」はそういう意味です。
ヴェーダでは、“重く低い音は下へ下へと降りて《地》となった。
軽く高い音は上へ上へと昇り《天》となった”と伝えます。

すべては波動=音の高低によって構成されているわけです。
現代科学や物理学もそれは認めるところ。
波動の低いものは固くなり物質となり、
波動の高いものは軽く非物質となる。

波動が高くなっていくと人は身体(物質)の領域を超え、
彼方なるもの、あるいは彼岸へと到達します。
それを「霊」と呼ぶか「」空と呼ぶか。
ヴェーダでは《本来の棲家》という言い方をします。

波動とは音楽ですね。
音楽にはメジャーソングとマイナーソングがあります。
人生も実はこれと同じ原理なのですね。

マイナーは重く低い音。メジャーは軽く明るい音。
どちらで生きるかなのです。

自分が常に奏でている音に耳を澄ませてみれば
どちらの音が自分のこころや頭の中を占めているかに氣づくでしょう。
そのサウンドを「固定化波動」と云います。
これを私たちは別名で「人格」と呼ぶのです。

美しく輝くリズムを奏でれば、
人生という舞台も、美しく充実したものとなる、
ヴェーダはそれをサラスワティを通して語ります。

自分が怒りや憎しみ、惨めさのミュージックを奏でていたら
これも波動の法則のひとつで、発生源に戻ってくるのです。
しかも拡大し増幅するという原理とともに。

言葉、思い、行動は、すべて波動です。
発した波動が世界を響かせ、増幅して自分に返ってくる
というのが宇宙の真相です。

イエスはこれを、「与えよ、さらば与えられん。」と説きました。
愛して欲しかったら、まずこちらから愛せよ、です。

人を呪わば穴二つも、波動の摂理を説いています。

カリ・ユガは、神不在の暗黒時代。
まさに「神無時代」です。
神のいない時代ととるか、神の時代ととるかは自分次第。

あなたは、神とともに生きますか?
神不在で紙(お金)とともに生きますか?

重く低く物質として固まっていくか、
軽やかに高く物質を超えた生き方を選ぶかの時期なのです。

その道の選び方は、サラスワティ女神が教えてくださいます。

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拍手[7回]

2歳のときに高熱にかかり一命はとりとめたものの、
聴力、視力、言葉を失ったヘレン・アダムス・ケラー。
両親からしつけを受けることの出来ない状態となり、
非常にわがままに育ってしまったと言います。
彼女の両親アーサーとケイトは聴覚障害児の
教育を研究していた電話の発明者でもある
アレクサンダー・グラハム・ベルを訪れ、
彼の紹介でマサチューセッツのパーキンス盲学校に
家庭教師の派遣を要請しました。

派遣されてきたのが、同学校を優秀な成績で卒業した
当時20歳のアン・サリバン(通称アニー)でした。
アン・サリバンは、小さい頃から弱視であったため
自分の経験を生かしてヘレンに「しつけ」「指文字」「言葉」を
教えました。おかげでヘレンは、諦めかけられていた
「話す」ことができるようになりました。


見えない、聞こえない、話せない。
想像できますか。完全なる、静寂の世界です。

私たちは、喧騒と雑然とした情報社会の中で
いかに内なる静寂を取り戻すかかに必死です。
しかしヘレンは始めから、静寂と暗黒の世界にいたのです。

見ざる、言わざる、聞かざる。
これは、仏教の静寂に到達する境地を伝えます。

怠惰なものや乱れたものは見ないように。
怒りや愚痴、不満など余計なことは言わないように。
誘惑や堕落させるような甘い誘いは聞かないように。
これは、騒がしい「こころ」を沈める智恵の言葉でしょう。

ひょっとして、ヘレンケラーはすでに
内なる静寂の境地=止水明鏡の中に
いたのかもしれません。

以下は彼女の言葉です。


あなたの顔を日の光に向けていなさい。
そうすれば影を見なくてもすみます。
いつも真理に目を向けていなさい。
そうすれば、あなたの心から不安や心配は消えます。

問題と対峙しなさい、でも決してそれに支配されてはならない
その問題から、忍耐と思いやりを学ぶのです
自分や他の人の人生に どんな奇跡を引き起こすか分からない
ヘレン・ケラー




12歳のときヘレンは体外離脱体験をします。
そして、悟ったのです。
霊は、時空を超えると。

私たちの本質は霊です。

ヘレンはこの神秘体験で、
三重苦という肉体、物質的制約を受けない
霊の本質の世界に目覚めたのです。

言葉=ロゴスとの出逢いで、
こころの闇に光が灯り、
霊の体験で、真理=アートマを知ったのです。


 


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拍手[12回]

祈りをさらに深めて、水滴が海に完全に一体化していく

その為の作業を瞑想という

無念無想は、何にも成らない

こころの健康法でも、リラックス法でもない

瞑想は無念無想を要求するチャチなものじゃない

海に帰る瞬間です

だから透明感がある

だから身体の感覚よりも、空間的なフワーっと広がる感覚がある

あなたがサイズを超える瞬間を体験する

瞑想の目的は海に帰ること


これはこうちゃんの言葉です。


海に帰る、すなわちナーラーヤナという海へのダイビング。
暑さを少し海の中に沈めて、今日はハートでダイビング。
海になりきって瞑想しましょう。






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精神世界

拍手[6回]

近代的な霊的治療(スピリチュアルヒーリング)という
ジャンルを切り開いたのはフレッド・ジョーンズで
それを引き継いだのがW・T ・パリッシュ、さらに
確立させたのがハリー・エドワーズであると言われています。

シャーマニズム的段階から高度の霊的治療に至るまで、
あらゆる段階の治療家や祈祷師はいるようですが。

いまカリユガ時代は、神とか大いなるものの導きとか
大霊とよばれる宇宙創成の根源から発せられる霊力というものに
深い関心を抱く方と、激しく拒絶する方との二極化が
著しい時代であると感じられます。

神から物質へ、一元論が二元論へ、統合から分裂へ。
まさに2012年はそのピークなのですね。

ヒーリングという言葉すら、怪しく裏読みされてしまう時、
自分ではなく誰かのためにという利他の行為や思いが
胡散臭がられる、不可思議な時を選んで生まれてきました。

しかし、考えてみれば、あのイエスでさえ迫害されたのです。
真理を語られ、人を癒すことが、まるで悪魔の妖術であるかのごとくに
疎ましく思う者たちが人間界には大勢いるようです。

さらにヒーリングをすることに関して、
わりと理解あるものの中でも賛否両論説が飛び交います。

人を癒すなんておこがましい・・・・。
その人はその人なりにカルマを消すために学んでいるのだから、
人が手を貸すことは、かえってよくないだとか。

その辺のところは、なにが良くて悪くてということも
かなり主観的であって捉え方がまちまちです。
それが、肉体、脳を持って考えるマインドのカオスではあります。

それならば、高次の意識体はどう言っているのかと
チャネリングという交霊会が世界中で行われていますが、
なかでも非常に高い意識存在として有名なのが
シルバーバーチです。


『治療家が患者の痛みを取り除いたり和らげたりすることが
許されるのは、その体験を通して患者の魂に真の自我に
目覚めるチャンスを与えてあげることが出来るからです。
病気を治すということは確かに偉大な仕事ですが、
もっと偉大な仕事として、患者の魂に生命の実感を
覚えさせることが出来るのです。その仕事に比べれば、
身体が癒えた時に覚える喜びは大して重要ではありません。』

これはシルバーバーチの言葉です。

『ただ、病氣の全てが治るとは限らないことを知っておいてください。
何事にも法則(摂理)というものが働いており、患者の中には
いかなる治療家にも治せない人がいるということです。
時機が熟せば、いかなる病氣も必ず治ります。
それは、魂にとって死の彼方の生活体験を必要とする時機が至れば、
いくら健康な身体でも魂をとどまらせられなくなるのと同じです。
全ては大霊の摂理で定められているのです。
あなた方もその摂理の一翼を担っているのです。
なぜなら、あなた方自身が大霊の一部だからです。』


ハリー・エドワーズらも、かつてはこのシルバーバーチとの
交霊で様々な学びを得ています。
シルバーバーチについては、ここでは語り尽くせませんので
またおいおい、少しずつ研究していきたいとおもいます。

今回はまず、その準備体操としてこの映像を見てみましょう。
キリスト以来最大のヒーラーと形容される
英国のヒーラー「ハリーエドワーズ」。
心霊治療(スピリチュアルヒーラー)という
ジャンルを彼が確立したと言われています。




しかし、こんなにも多くの奇跡的な治療をし有名になった彼を
批判する者もいたようです。

それはおそらく現代医学界でしょう。
あるいは薬のメーカーの圧力もあったかもしれません。

ハリーが触れただけで治癒してしまったら、
お医者さんや薬という商売は成り立たなくなってしまいます。
科学的に解明されない能力は治療ではないと・・・・

これで、ヒーラーがいまだ胡散臭い存在であるという風潮の
根本原因が明確になります。お金です。ビジネスという
物質世界が霊的な力、霊力、シャクティですが、
それを認めたくないのです。認められないのです。
洗脳がこうしたところに垣間見られます。

科学的に解明?
全宇宙の4%しかわかってないのに?
残りの96%は目に見えず触れることもできないのに?

エーテルやダークエネルギーはやっと
現代最先端物理学、量子力学が開眼し始めたばかり。

ヴェーダで伝えられているシャクティの扉を開けるのには
私たち肉体を持つ人間が、自分が霊であるという
はっきりとした覚醒をみないかぎり難しいのでしょう。


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精神世界

拍手[15回]

サティア・サイババ体験談その1 スンダー・アイアー



スンダー・アイアー氏はインドのプッタパルティにあるサイババの大学で、
学士号、修士号、博士号を取得し、その後、大学で2年間教鞭をとり、
1980年代には2年間、サイババの付き添いとして仕えました。
15年半ババのアシュラムにいました。
シルディ・サイババを直接知っていたというペッダポットゥという女性との
逸話の中からのお話しです。
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ペッダポットゥはシルディ・サイババの帰依者であり、
その後サティア・サイババの帰依者としてもプラシャンティ・ニラヤムに
住んでいました。
ババがそう呼んでいたことから「ペッダポットゥ・アンマ」という愛称で
親しまれていたそうです。
彼女の前ではババは、甘ったれ小僧のようだったといいます。
ババが彼女に深い愛情を感じていたことが知られています。

ある時、私たちがババのインタビューをいただいたとき、
ペッダポットゥ・アンマと一緒になりました。
ババが彼女について大変素晴しい話をしてくれました。
するとペッダポットゥ・アンマは、「ババ、黙っていて。
あなたは私のことを話しすぎますよ。ここにいる子供たちに
そんな話をする必要はないんです」

スワミは、「ペッダポットゥは、私のテスト、三つのゼロにパスした
一人だ」と言われたんです。

彼女は財産も、家族も、世間の評判も失ったわけです。
彼女はババのところに来た時、全てを無くしていました。
とにかく彼女は聖者と呼ばれる人たちが神の存在を悟るために通った
体験を、全部しました。しかしなんと言ってもすごいのは、
彼女が十代の時に実際にシルディ・ババに会ったことです。
彼女はシルディ・ババが、「私はサティア・サイババとして戻ってくる」と
述べられた時にその場にいた、たった一人の証人のはずです。

~中略~

この話をするのは、ある時、手紙を読んでいたババが、
こう言ったのを聞いたからです。

「今日はずいぶん沢山の手紙を読んだが、一通も感謝の手紙がなかった。
いったいどういうわけなのだろう」と。
スワミは本当に悲しそうでした。あのようなスワミを見たのは
あの時一度きりです。

スワミは、「どの手紙も、あれが欲しい、これが欲しいというものばかりだ。
子供が欲しい、子供がいると子供の問題、子供に結婚して欲しい、
そして子供が結婚すれば、今度は結婚生活の問題だ、
そうしてまた子供が欲しい・・・きりがない。どうして一通でもいいから
感謝の手紙が無いのだろう」

スワミは帰依者の一番大切なものは感謝だと教えています。
何が起きても、「ありがとうございます」という勇氣があれば、
それが本物の帰依のしるしであると。

三つのゼロの意味とは、物質的なものは一瞬にして失ってしまう
ことがあるものだが、そうなった時に、「ありがとうございます、
スワミ、主よ、感謝します。私にあなたの愛をください」と言える度胸、
勇氣があるかということです。


「ありがとうございます、スワミ。この素晴しい体験に感謝します。
この体験は学ぶものがあります」としか言葉が出ません。
そして、「ありがとうございます」と言った瞬間、ものすごく
平和な感覚が私を満たして、次のステップに踏み出す勇氣を
与えてくれます。そしてもうひとつ進むたびに感謝を表すことを
学ぶならば、開いている扉を探すことができるようになります。

私はいつも、どんな状況でも必ずひとつは開けられる扉が
あると信じています。だから、閉じている扉の不満を言わないで、
開いているものを見つけるのが大事です。

三つのゼロ・・・
一つ目は、すべての所有物、物質的なものを失うこと。
二つ目は、家族や友人を失うこと。あなたが愛している人たち、
あなたを愛している人たちを失うことです。
この世界にあなた一人になったら、どんな氣持ちでしょう?
三つ目のゼロは、世間の評判、面子を失うことです。
もし世間からつばを吐かれ、ののしられ、どぶに放り出されたら?
頼れる人もなく、食べものさえいつ口に入るか分からないという状態・・・
それは怖いことです。

私たちは、自分の奥底にはどんな恐怖や弱点を持っているか、
分かっていません。ババは、私たちの師として、私たちがそれらを
必ず克服できるように助けようとします。
それは人によっては、名声・世間の評判かもしれないし、
財産かもしれない。ババは、一番弱い部分をひと突きします。
そこをやられると、目が覚めますからね。眠っている時には、
どんな氣持ちよい目覚ましの音でも、目を覚ますのはいやなものです。
私たちはその時の状態に慣れきっているので、目を覚ますことは
常に苦痛でしかありません。そして、ババが、どういう方法を使うか、
どんな種類のアラームを使うかは、まったく予想できません。

喪失の恐怖は、恐怖の中で最大のものだと思います。
完全に自分を投げ出して神に全託できたなら、
「私はもう何も執着するものがありません」と言えます。
それが、完全に解放された、自由になったということです。

私たちは、自分のものを全部なくしてもいい準備ができた。
三つのゼロの準備ができた」と感じます。
もちろん私は自分についてしか言えません。
その上で、次のようなババの逸話を紹介したいと思います。

毎年プッタパルティでとり行われるダサラ祭に、
ババは学生の中からひとりかふたり、スピーチをさせていました。
このお祭りは、善が悪に勝利するのを祝う有名な祭りです。
ラーマ王子が羅刹(悪鬼)たちと10日間戦い、11日目に勝利を
おさめるのです。ババは、10日の間、毎日一人か二人の生徒に、
神殿に集まった大勢の帰依者たちの前でスピーチをさせました。
祭りの数週間前になると、スピーチをする生徒を全員集めて、
「何を話すつもりですか」「準備をしておきなさい」
「上手に話すのですよ」と声をかけました。

~以下略~m(_ _)m

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第2話




毒蛇コブラに噛まれて病院に行ったとき解毒剤を保管している
棚の鍵を持っている人が、ババのダルシャンに出掛けてしまった。
誰かがアシュラムに行って鍵をもらってくるしかない。
でもババがダルシャンに出ておいでなら、だれも邪魔はできません。
今の時間だとダルシャンの最中だ。どんなに急いでも4~50分はかかる。
それじゃあ遅すぎて効かない。このときはじめて、
自分は死ぬかもしれないと氣がつきました。

私はヨガを長年実行していて、かなりのヨガおたくでしたので、
どうやって体から抜け出したらいいか考えていました。

第3話



コブラの毒で瀕死の彼を救ったのは、
解毒剤でもビブーティーでもなかったのです。
それは、ババのたった一言でした。

「それは蛇ではない。トゲが刺さっただけだ」

ババがそう言い切ったことで現実にそうなってしまったのです。

ババがいつもたとえ話に出す、クリシュナとアルジュナの話し。
それがまさに現実化した瞬間でした。

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すごい体験談です

 



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SHAKTHI PLANET
シャクティは光のヒーリング。それは太古のインドより幾千万年の時を駆けて受け継がれるヴェーダの叡智の一端。仏陀やジーザス、空海というヴェーダマスターたちが説く真理をいまに蘇らせるため「いまここに」。光絶やさぬよう仲間が集う学びの惑星に、シンクロしましょうか。
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性別:
非公開
自己紹介:
みんな、幸せになれますように☆シャクティの光☆広げ続けましょう☆この惑星にシャクティ降り注ぐ限り、きっとすべて大丈夫☆たくさんのハートを愛と平安で満たせますように☆
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